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物好き書生とタマムシと

〜イマハ山中、イマハ浜〜

(27.II.2013)

参加者 かっきー,トシ,dazai39


試験期間中のこと


「春というものは、実に、憂鬱としたものだね」教授は言う。

「はあ。」書生、曖昧な返事である

「実に中途半端な季節ぢゃないか。

ちょつと緩んだかと思えば、いきなりグイと、引き締めやがる。

実に厄介だね、卑しくさえ、思われるぢゃないか、どうだい」

「はあ。」実に釈然としない、意見を持つているのか、頗る怪しい。

「君は、春に、杉がたくさん生えている山へ、行ったことがあるかい。

あいつは、ある意味、壮観だね。山が橙に染まってやがる。

何でかわかるかね。

雄花だよ。花粉でいっぱいだ。身震い、しちゃうね。

君、そんな季節に、山へ、行きたかないだろう。」

「いえ、」貧書生、訥弁ながら、ご意見開陳。

「先生、この時期に出来る、変わつた採集が、あるのです。

御存じなゐかも、わかりません。少し変わつた玉虫が、ゐるのです。」

「ほう。どんな、なの」

「先生が、想像される様な、玉虫とは違います。

頗る、地味です。ただ、その控えめな姿のうちに

私は、自然の神秘を、見るような気がいたします。」

「ふうん。で、君はその神秘とやらを、見に行くのだね」

「はい」


「物好きだね」


両者は苦笑した。



一向に暖かくならない、如月も末、


物好き書生三人、山へ赴く計画を立てました。

「本厚木に9時半集合、バスでお山へ行きませう」

かっきー氏の案に一同賛同。

しかし、こいつら、計画立てて、順調に進むことは

皆無に等しい。

頗る、ツイテいない。

いや

ツク気が無いのか。

当日は、氷雨打ち、暗雲立ち込める有様

省線は遅れ、小田急も遅れる。

かっきー氏はギリギリ到着

小生着いたものの、バス乗り場が判らずギリギリに。

トシは、一本後のバスに乗り、一路目的地へ。


「イマハ山中、イマハ浜 ― 童女があわれな声で、それを歌っているのが

車輪の怒号の奥底から聞こえてくるのである」(鷗)


乗り合わせた幼稚園児達は、元気ですね。バスの中でも楽しそうでした。

それに比べ、小生たちの陰惨さと言ったら…涙が

たまらずに、目をそらしたその先には


車窓からの、美しい、


「嗚呼、理由はこちらでしたか」

益々、涙で目がかすみます。


「イマハ山中、イマハ浜、イマハ鉄橋、ワタルゾト思ウ間モナクトンネルノ、

闇ヲトオッテ広野ハラ、どんどん過ぎて、ああ、過ぎて行く」



現地到着10時半頃。

徐に、かっきー氏の知るポイントへ進んでゆきます。


「物好きだね」


その声がよみがえる

花粉症のくせに、杉林へ、突っ込んでゆくのである

半狂乱に近い。

まあ、よい。人は私たちをそう呼ぶであろう

若しや、君も…?



さて、杉林で何をするか、それを言っておりませんでしたね


「樹皮をめくってみる」


それだけ。

物好きだね

君の言葉か!


簡単に説明すると、越冬している昆虫たちはいろいろな場所に隠れています。

昆研採集記に氾濫しているマイマイやオサムシは朽木の中、崖の土の中などに。

カブトムシは腐葉土の中、クワガタは朽木やフレークの中、といった具合。

それに加えて、一部の昆虫は樹皮の裏側に隠れ、寒さをしのいでいたりします。

今回は、この樹皮の裏側に隠れている、タマムシを探します

ずばり、トゲフタオタマムシ

タマムシの中には、幼虫で冬を越すもの、成虫で冬を越すものがいて、

トゲフタオは後者にあたります。

で、こいつが隠れるのは、スギやヒノキの捲れかかった樹皮の下

ということで、虱潰しに樹皮を調べてゆくというわけです。

確かに、全てを調べては、発狂必死…か


今回のポイントは、トゲフタオのホストであるモミ、

越冬の場となるスギ、ヒノキが、まんべんなく広がっています。

「これはたくさん取れるのでは」書生たちの脳裏には淡い期待が。


まあ、そうあまいもんじゃあ、ないわけでして。


そうこうするうち、トシ氏颯爽と登場。

すこし場所を変えて探します。

斜面を登りつつ

ペり、ぺり、べり

嗚呼、涙が出るほど


地味。


べり…おお!

hutuka_2.jpg


嗚呼!


時だけは、足音立てず、歩み去ってゆきます


居ねえなあ…

下卑た言葉が口をつき、

諦めて別の木を調べ始めるわたくし。

暫くすると背後で

「いた!あ、おっこった!」

かっきー氏の甲高い声

よく見ると、その木は、

さっき私が見た木ではないですか

やっちまった。

とりあえず、一緒に落ちたやつを探します。

…無事発見

正真正銘、トゲフタオ

dsc_1417.jpg


まあね、人間、失敗は、するものなのだよ。

失敗から学ぶこと、これが重要でさあね。


やおら奮い立ち、貧書生、斜面徘徊。

しかし、全然いない。早くも午後1時半。

採集上手のトシも、何も手に入れていない模様。


「ちょっと上の方行こうか」かっきー氏。

さいうことで、登山道上ります。

ペりぺりべり…

登ります…

ペりぺりべり

登ります…

「いねえ。しかも先客がいるみたいだね、樹皮がはがされてらあ」トシ氏。

登ります、登ります、登ります…


「展望台に来てしまつた」


hutuka_4.jpg


上方はモミ多く、オオトラカミキリの食痕がたくさん。

dsc_1483.jpg


トゲフタオはおらず。風景はよかったのだがねえ。

夏は夏で面白いのかも。ヒルには注意した方がよいでせう。


こんな虫も

dsc_1485.jpg


時は、私を置いて行つては、くれないやうです。

時間切れ。

小生は、結局取採れないまま、下山しました。

時たま、樹皮は捲って見ますが、居りませんでした。



かっきー氏はもっと取れると聞いていたポイントだったようで、

すこし不思議がっておられました。

でも採れたんだからいいじゃねえか

(オツト失敬、下卑た言葉は慎まなくては)

トシ氏、小生は結局その姿を見ることは、かないませんでした。


始めは、暗雲立ち込めて居りましたが、

最後は、やはらかな光が、さすまでに。

hutuka_7.jpg


斜陽浴び、山々の杉からは、花粉が…涙が…


「負けた。これは、いいことだ。そうでなければ、いけないのだ。

かれらの勝利は、また私の明日の出発にも、光を与える。」(黄金風景)


イマハ山中、イマハ浜、イマハ鉄橋ワタルゾト思ウママモナク―

その童女の歌が、あわれに聞こえる。


バス停にたたずむ三人は、疲労困憊の面持ちで


しかし、何処かしら穏やかに、遠くを見凝め

ただ、何かを、


「待って」いたのでございます。



春は、来る。



by dazai39

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